2006年03月15日

愛護でも環境保護でもなくナチュラリストだ!

十脚目通信と言いながら、「有尾目部会とは何ぞや!」と、鼻白んでいる方も多いでしょうね。
あるいは、私が甲殻類や両生類が好きだというので、「自分の好きな生き物だけを護ろうという偏愛主義者め!」と、正義の怒りを覚えている方もおられるでしょう。
別に私は、博愛を説くつもりもないし、生類憐みの令を尊奉する気もないし、と言って「蛆虫好きの方はどうぞ蛆虫だけを護ってください」というスタンスでもないので、白けられようが、怒られようが、反論する気にもならないのですが、一つ考えて欲しいことがあります。

woods.jpgオカヤドカリやアカテガニ等の陸棲の甲殻類と、カスミサンショウウオ等の陸棲の両生類には、それらを取り巻く状況に多くの共通点があります。
最も判りやすい共通点は、棲息環境と繁殖環境が違うということ。そして寿命がある程度長いということ。つまり「たくさんいるから良いじゃん」という生き物ではないということです。
例えばアカテガニは、海辺や河口域の森の中等に棲みますが、産卵は海まで降りて行います。海で産まれたアカテガニの子供は、海で育ち、やがて上陸し、森に帰ります。
森の中にアカテガニが“たくさん”いるから、この森がある限りこの地域のアカテガニの絶滅は食い止められますか? そうは行かないですね。森と海との間に大きな道路ができてしまったら、あるいは川がコンクリートで護岸工事されてしまったら、また海が汚れてしまったら、森の中にアカテガニが“たくさん”いたとしても、既にして絶滅です。
ponds.jpg例えばカスミサンショウウオは、ジメジメした雑木林等に棲みますが、産卵は池や沼、水路等の止水中で行います。池の中で産まれたカスミサンショウウオの子供は、水中で育ち、やがて上陸します。
雑木林の中にカスミサンショウウオが“たくさん”いるから雑木林さえ保全すれば大丈夫? そうは行きません。池や沼がなくなったり護岸されてしまったら、池や沼にブルーギル等の外来魚が放されてしまったら…。
生き物を生態系の一部と考えるのに、これほどの好材料はありません。解りやすいでしょう?(そうでもない?)
その最適な材料として、あるいは両者とも喫緊の課題でもあるため、十脚目をテーマにして発足し、今また有尾目分科会を立ち上げた、というのが現状です。

ところで、私が言いたいのは、プラカードを持って「全ての人間の営みを否定せよ」ということでは、ありません(^_^;)
アカテガニやカスミサンショウウオは、ほんの数十年前には“そこら辺に普通にいる生き物”だったのです。今でも“いるところには普通にいる生き物”です。ところが数年後には“この間まではいたのに今はいない生き物”になる可能性が非常に高いのです。
恐らく、多くの方がその事実にも気付くこともなく、知らない間にいなくなっている生き物なのです。甲殻類や両生類の中には、実際に誰にも知られずひっそりといなくなった種類も、既にたくさんあるはずなのです。
だから私は、多くの方に身近な生き物に対して興味をもって欲しいのです。甲殻類や両生類だけではなく、それを取り巻くたくさんの生き物に。生態系を構成する全ての動植物に。
そのために、環境に対する節度さえ守れるのなら(何でも安易に、あるいは大量に捕まえて持って帰らなければ)“捕まえて飼ってみる”という選択肢があって良いと思っています。「簡単に飼える」という甘言を鵜呑みにさえしなければ(比較的簡単に飼える生き物はいても、簡単に飼える生き物はいないと解っているなら)ペットショップ等で“購入する”ことも否定しません。
もちろん、(表面的な自然観察だけで)独善に陥るのを避けられらるのなら、野生の生き物は自然の中だけで(一切触れずに)観察するのが一番良いのでしょう。
どんな切っ掛けでも、どんな方法でも、どんな生き物からでも良いのです。とにかく身近な生き物に興味を持って欲しいのです。多くの方が、身近に生き物がいて、どの様に生きているのかを知っていさえすれば、無駄な環境破壊を避けられるはずなのです。

「生き物を保護する」と言うと、どうしても“自分の興味のある生き物や好きな生き物だけを偏愛”しているイメージが付き纏います。残念ながら、世の中にはそういう個人や団体もあるでしょう。
ですが、多くの場合はそうではないのです。
十脚目や有尾目に興味のある個人・団体が、天敵だからといって棲息地周囲の鳥を根絶させたりはしませんし、鳥を保護している個人・団体を中傷したりもしません。
もっと具体的な例で言えば、モリアオガエルの保護団体が天敵だからといって周囲のニホンイモリを駆除したり、私の様にイモリ好きの人間を攻撃したりもしません。
生態系というものを考えたとき、特定の生き物だけを過保護し、増殖させることは、その生き物にとっても危険な環境破壊であることは誰でも知っているからです。

あるいは「環境保護」を謳うと、人間の“経済活動全てを否定”するストイックな左傾化テロリズムを連想します。残念ながらそういう過激な個人や団体も、中にはあるかもしれません。
ですが、多くの人が反対しているのは、無意味な環境破壊だけです。多くの団体が望んでいるのは、工事や開発の中止ではなく環境への配慮です。決して無理なことを言ったりはしません。

その上で、当団体十脚目通信は、生き物の保護や環境保護をさえ、積極的に謳ってはいません。
多くの生き物好きたちが、生き物に興味を持つことで環境に配慮する心を育て、そのことが将来の環境保護に繋がっていくと考えているのです。
繰り返すようですが、ナチュラリストとはそういうことだと思っています。
posted by 水族館長 at 17:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 今日の独白(嘆き) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
前半ですが、アカテガニ等十脚目、サンショウウオ等有尾目サンショウウオ下目を始めとするかなりの数の生き物はちょっとした弾みでこの世から姿を消してしまうんじゃないかと常々思っています。
確かに繁殖地まで足を運べば姿を見る事は出来ますし、自然界でも条件さえ揃えば急増します。
しかし、この条件さえ揃えば、が曲者でして、これらの条件はなかなか揃いにくく、何とか数を維持出来るか出来ないか・・・、実際は減少傾向に向かっているようで寂しい限りです。

もしもこれらの繁殖地に足を運ばれた時には、
「なんだまだまだ数がいるじゃん」
ではなく、
「なんとか維持出来ているんだな」
程度に考えて頂きたいと思います。

なにせこれらの種を考える時の共通項として、一旦その地の自然から姿を消したら、その地にもう一度定着させるのは極めて困難だと認識されている種なのですから・・・。
Posted by 爆撃 爆太郎 at 2006年03月17日 00:25
爆さん、ども!
止水系はメダカで悲惨な状況(無法、不法、無関心、マナーの悪さ)を散々経験済みなんで、かなりメゲてます。

10年前にはメダカや他の生き物がたくさんいた池に行ってみると…。
近所の人:「ああ、メダカだったら、たくさんいますよ」
館長:「あのぅ…。これはカダヤシという魚なのですが…」

それからまた3年ぶりに、そこへ行ってみると…。
近所の人:「ああ、メダカだったら、たくさんいますよ」
館長:「あのぅ…。これはブルーギルという魚なのですが…」

それでも、私は負けないp(^^)q
Posted by 館長 at 2006年03月17日 11:04
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