2006年06月06日

モリアオガエル

今までネットオークションで、カエルのことを気にかけたことはなかったのですが、覗いてみて驚きました。

モリアオガエルが卵嚢ごと売られていたりする!

水族館には、今のところ無尾目を収監する予定はないし、カエルの種類によっては色々と保護されている方も多数おられるので、横からアレコレ言うつもりはないのですが、モリアオガエルってのは、私が小学生の頃には、ニホンカモシカやオオサンショウウオと並んで“天然記念物の代表選手”みたいに学校で教えられたんですけどねぇ(^_^;)
と言ってもモリアオガエルは、福島県の平伏沼と岩手県の大揚沼の個体が繁殖地ごと“国の天然記念物”に指定されているだけであって、実際には“天然記念物の代表選手”ではありません。
ただ、名前の通り「森に住むカエル」で、既に全国的に森が減少してきているためか、自治体単位で天然記念物に指定しているところが多いです。府県レベルだけではなく市町村レベルでも…。

なんか、あれですかね? モリアオガエルを保護することがステータスだと思っているような自治体もあるんですかね? 気のせいかな?
私の近所では、モリアオガエルやハコネサンショウウオが住む“豊かな環境を売り物”にしている新興宅地の造成が進んでいて、その割には山も森も切り崩して、川もきっちりコンクリートで護岸して、その上、池への外来種の放逐は野放しの自治体があるんですけど(~_~;)
保護することに意義があるんじゃなくて、保護を謳うことに意義がある??

イカンイカン(^_^;)
話がどんどんズレていくので、強引に元に戻します(と言うか、新規のネタに以降します)が、要するにまたB化庁ですわ。レッドリストに載っていないとはいえ、もちろんモリアオガエルは減っていないわけではないので、全国的に保護する必要がありますが、オカヤドカリを見ても判るように、B化庁が中途半端な保護指定すると、オークションでレアモノ的価値が上がるだけなんですよ。ほんまアホらしい。
キトラ古墳を見ても判るように、B化庁が中途半端に保護とか言い出すと、何かと問題が起きるんですよ。アホくさぁ。
教育現場の崩壊を見ても判るように(以下略)

要するに、するならするでキッチリやれと。中途半端にお茶を濁すぐらいなら、何もするなと。
善良な市民の意見に対しては、いつも「担当者不在」か「会議中」で徹底してるじゃないですか。何事も中途半端は良くないですよ。
posted by 水族館長 at 17:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の独白(嘆き) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月29日

どの生き物という訳ではないが…。

少しでも安いのを買いたい気持ちは、私には解りすぎるぐらい解りますが、一つ「なぜ安いか?」を、買う前に考えてみようじゃないですか。
生態も餌の種類も全く違う生き物を、経費削減だけを目的に、同じパッケージ、同じパッケージ内環境、同じ売り方、ほとんど投げやりな飼育方法の説明で、また、ラベルだけ替えて中身はほとんど同じ“専用器具”あるいは“専用餌”とセットにして売り捌こうとしている会社あるいは店舗なんて、見かけたことはありませんか?
こういう消耗品以下の扱いをされた生き物は、購入時点で相当なダメージを受けていますから、買っても長生きさせるのは難しいです。見かねて助けてやろうという気持ちも、これまた解りすぎるぐらいに解るのですが…。
“専用品”を使えば、場合によっては素早く死なせてやることは出来ますがねぇ。「苦しまないで」ではないので、お薦めできません(~_~;)
つまり、「安いの」を買うのは決して悪いことではありませんが、「安い理由」には拘った方が良いと。一時の感情に流されずに、考えてみて欲しいです。

但し「高ければ良い生体」というのも、中々ありえないので困るんですよね。
特に、ネット通販・ネットオークション等で「レア」と称するものを売っている業者の場合、同じ業者が「ノーマル」と称しているものでも、全く信用できません。
ペット業界は意外に体質が古くて、昨日や今日ネット販売を始めたような業者に「レアかつ健康」な生体が卸されることは、まず考えられません。「レアだけど衰弱しきっているもの」か「ノーマルなのに業者自身が騙されて買ったもの」か「端から詐欺」である可能性が高いです。
自家繁殖させて売っている人なら、大事に飼ってもらいたいと思うのが普通ですから、「ノークレーム・ノーリターン」などという軽口は叩きませんしね(^_^;)

生き物を消耗品以下に扱っている業者から、“死ぬのが判っている”生き物を、あなたは買いたいですか?
生き物を販売していながら、他の業者に騙されるような“知識のない”業者から、あなたは買いたいですか?
平然と詐欺を行うような(以下略)
posted by 水族館長 at 18:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 気を取り直して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月09日

ロハスな風景

先日、駅まで自転車で行きました。ポカポカ陽気の中、川を左手に見ながらシャカシャカと。
川岸には菜の花が咲き乱れ、あちこちの中洲ではカメがのんびりと日向ぼっこ。よい気分ですなぁー。
と、行きたいところなのですが、実は川岸の菜の花は全て、外来種のセイヨウカラシナ。日向ぼっこしているカメは全て、外来種のミシシッピーアカミミガメ。
オマケに完全に生活道路である川沿いの細い道を、幹線道路の渋滞から抜けようとする大きな自家用車がビュンビュンと。自転車を追い越すときは嫌がらせのように幅寄せしたり、エンジンを吹かしたり…。

ええ、私は戦後も戦後、昭和40年代の産ですから、敗戦直後の焼野原など白黒写真でしか見たことがありません。しかしこの国土と人心の荒廃しきった有り様は、第二の焼野原と言ってよいのではないでしょうか?
こんな日本に誰がした!
って、別に団塊の世代の(人生の)先輩方に、アヤつけようという訳ではありません(^_^;)
いや、ここまで我国をムチャクチャにしといて、小銭抱えて悠々自適の引退生活かよ?と思わないこともないですが、つくづく自分の目先の権利にしか興味のない連中だな!とかも考えない訳でもないですが、団塊の世代の皆が皆そういう強烈で狭量な自己尊重主義ではないはずなので、「責任者出てこい!」とは言いません。(むしろ出てくるなと)

ただね、私の前後の世代というのは、あなた方の『負の遺産』に叩きのめされながらも、何とか我国を良くしようと頑張ってきたんです。細々と修正しかけたと思ったら、あなた方の子供たち=団塊ジュニアにまたムチャクチャにされ、それでもメゲずに頑張っているんです。
あなた方は功なり名遂げ、小銭も貯め込んだんだから、もう良いじゃないですか。
あなた方の孫たちが、あなた方やあなた方の子供たちの様にならないよう、私たちが頑張りますので、これ以上の自己主張は止めて、せめて静かに引退してくださいな。
これからはロハスですよ。

要するに、引退したからって『世界遺産』や『ラムサール条約』に登録された“観光地(?)”に、わんさか押しかけてダメにしてしまうことの無いように。と言うことを、解りづらい表現で言ってみました(~_~;)
posted by 水族館長 at 11:37| Comment(7) | TrackBack(0) | 今日の独白(嘆き) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月12日

希少種の繁殖期に「ワイルドモノ」を売る人

この時期、「○○○サンショウウオ成体。ワイルド」なんて売ってるのを見ると、繁殖地にズカズカと入り込み、繁殖に集まってくるのを無理矢理に捕まえたものなんだろうと思う。
と言うか、それ以外に野生のサンショウウオの成体を捕獲する機会はないから。
いくら金に目がくらんだとはいえ、こういうことをする人間の情素というのは、どうなっているのだろうか。

そこら辺で捕まえた生き物で、安易に商売をするなと言いたいわけではありません(言いたくないこともないけど)。
ただでさえ絶滅が危惧されている生き物、しかも繁殖可能齢数に達した成体は激減し、あまつさえ地域によっては個体数減少から来るインブリードの進行で事実上、絶滅と呼ぶに相応しい状況。それを、希少中の希少な“繁殖のために現れた成体”を根こそぎむしり取ってどうしようと言うのでしょうか。
まさに環境に対する凶悪犯罪と呼んで差し支えない行為だと思いますが、ちょっと話題にすると、業者のシンパなのかして「自分は良いけど他人はダメ?」とか「もっと酷いことしてるヤツもいるじゃないか」とか「他にもっとヤバイ生き物がいるじゃないか」とか「ママが悪いんだ」と言ってくる妙なのがいるんで、あらぬ方向から「自然は自然のままが一番」とか「目くそ鼻くそだ」とか「所詮は人間のエゴだ」とか「私は神様です」と言ってくる意味も目的も不明のテロリストみたいなのも多いんで、そんなこと私に言われても「???」な、「当方は陰でこそこそ業者糾弾しない」とか「お前は批判ばっかりだな」とか(私だって糾弾も批判もしたことないってば)「ミソもクソも一緒だ」と言ってくる妄想の逞しい輩も後を絶たないんで、責めてる訳ではありません。
少しは自粛して欲しいなと、控えめに嘆いているだけでして。

ただ、まさかとは思いますが、Bッダーズで販売してたりしないでしょうね(~_~;)
絶滅危惧種だとか希少種だとか言われてるのに、規制されていない生き物ってのは、単に知見が不足しているからなんですがね。
知見ってのは「明らかに生存が脅かされていると判断可能な情報」と言い換えても良いんですが、G来生物法、Sの保存法他の諮問委員会では合言葉の様に「知見を得るならBッダーズ」と囁かれているとかいないとか…。

私の存念は、「飼育という趣味が末長く続くように」ということなので、こういうのは非常に困る。
売る人も買う人も飼う人も飼ってる人も売ってる人も、困りますよね?
もちろん「自然は自然のままに」な人も困りますよね。
みんなが困るこの行為、なんとか自粛させられないもんでしょうかね。
売る人も買う人も飼う人も飼ってる人も売ってる人も、「自然は自然のままに」な人も、もちろん私も、節度を持つべき時が来ているんじゃないでしょうか。
posted by 水族館長 at 17:37| Comment(1) | TrackBack(1) | 今日の独白(嘆き) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月03日

自分は良いけど他人はダメ

だからコッソリやりましょう(^_^;)
と、言うのは、一般的には「自然界で数が減っている希少な生き物の再生」と呼ばれている行為のことです。
ペットショップ等で買った生き物や、採集した生き物でも、(ピンポイントで)元の棲息地以外の場所に放すのは、これは堂々とだろうが、コッソリだろうが、絶対にダメ。自分も他人もダメ。研究者だろうが政府の者であろうが、誰もやってはダメ。
営々と築き上げられてきた、生き物の(遺伝的な)地域特異性を一瞬で壊してしまう権利は、誰にもありません。
私個人的には、絶滅したトキやコウノトリの再生にも頷けない。観光客誘致以外の目的が見出せない。ただ完全に絶滅したものを再生させるということ、つまり守るべき地域個体が既に消失しているという意味において、辛うじて反対はしないというスタンスです。

冒頭の「希少生物の再生」。つまり生き物の棲息地から個体を採取し、その子孫をピンポイントで同じ場所に放流するという行為ですが、これについても慎重にやる必要があると思っています。
そもそもその生き物が減っている原因=環境の悪化だとか変化だとか、乱獲によるものだとか、その生き物を含めた生態系の激変だとか=を、そのままにしておいて、個体の数だけを増やしても意味はありません。むしろ生態系の一部分だけを突出させると却って絶滅を早めます(狭く取らないでくださいよ。蛍の幼虫とカワニナを一緒にバラマクというのは甚だしい環境破壊ですからね)。
では、生態系全体を考え、その中で特に減っている生き物を保護して増やす。しかも減っている要因についても可能な限り再生を目指すとすればどうでしょう。
この場合は、一人や二人の力ではどうにもなりません。
例えばサンショウウオの卵嚢を持って帰り、孵化させ、ある程度まで育てて(もちろんピンセット給餌などは避けて)元の場所に帰すとしましょう。
これを一人でやると、同じ親から生まれた特定の遺伝子の個体のみを増やしてしまうことになるので、やはり絶滅を早めてしまいますから、再生ではありません。卵嚢を孵化させたら、できるだけ早い時期に同じ場所に戻すということなら「環境に多少配慮した採集」とは呼ぶことが出来るでしょうか。
卵嚢の時期に密猟者に根こそぎ持っていかれると、たまったものではありませんから、そしてその脅威は現実の物ですから「自分は良いけど他人はダメ」も、やむなし(^_^;)
ただ、これは再生とは呼べず、しかもコッソリやるのが筋でしょうね。

では、再生とは何か。
一人でコソコソやってることを、各々連携しながら大人数でやれば、再生になる様な気がするんですけどねぇ。プラカード持って抗議するという様な行動を避けさえすれば、意識の高い人たちも集まりそうな気もするのですが、どうでしょう。
何々?「どういうやり方したって、貴様には人は寄らん」ですと?
解ってまんがな。せやからコソコソしとりまんねん(~_~;)
posted by 水族館長 at 17:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の独白(嘆き) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月27日

水族館でオークションなんて、やるか!?

前項では興奮しまくっとる様に見えるでしょう(^_^;)
旧知の方は「おやおや、この男また吠えとるな」と苦笑モードだろうし、プアマリナ初心者の方は「何こいつ? ○○か?」と失笑モードでしょうね。
ふっふっふ…。両者の度肝を抜いてくれましょう。

Deca-J水族館では、繁殖個体の生体販売オークションを開催する計画があります。


どうでしょう。世間で“銭儲け根性丸出し”と批判され、自然の中で平穏に暮している(らしい)生き物を無理矢理捕まえて見せ物にする水族館。このDeca-J水族館は、生き物を増やすという飼主の愛情(=安易なブリーディング)に反対の立場を採り、しかも飼育者が愛情込めて育てた生き物を自然に帰す行為を(例外を除き)認めません。
尚且つ(環境再生を曲解した)繁殖個体の放流(=放逐)に批判的で、自然界へ帰してやるぐらいなら「他人に売れ」とまで言っているのです。
まさに極悪非道ですな。「自分は良いけど他人はダメ」の典型ですか(^_^;)

儲かりまっせ。やめられまへんな。
ただし、Deca-Jオークション(仮名)に出展するには、必ず「売主誓約書」にサインしてもらう必要があります。またDeca-Jオークション(開催未定)で生体を購入する場合には、必ず「飼主誓約書」にサインしなければなりません。その上、採取個体の販売は一切禁止。
面倒くさいでしょう? それでも売りたい。あるいは買いたいと思う方は“それだけ意識が高い”はずです。賈道は信頼関係が全てですな(^_^;)
意識の高い飼育者から、意識の高い飼育者へ。こういうオークションは是非ともやるべきではないでしょうか。
ちなみに、私は意識が低いので、主催はしても出展はしないと思います(T*T)

で、まだまだ草稿レベルですが、売主・飼主誓約書をこの様に提案してみます。
http://decapod.or.tv/pledge.html

他にもあるかな?
posted by 水族館長 at 17:09| Comment(1) | TrackBack(0) | 気を取り直して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

生き物変われども…。

飼育者にとっては超悪名高きオークションサイト。yahoo!や楽天も大概非道だけど、ここに比べれば可愛いもの。善良な飼育者にとっては脅威。そして完全にブラックボックス。悪質な密猟者にとっては天国。悪者のプライバシーだけは完全に守られています。
まさに無法地帯。その名はビッダーズ・オークション。
昨年は、オカヤドカリの非道・無法オークション業者が跳梁跋扈し、「ビッダーズでは買うな」というのが善良な飼育者の間では、半ば常識のようになったのですが(「大切に育ててあげなければいけませんよ」とか、かなり笑いも振りまいてくれましたね)、生き物変われども、やり方も表現方法も変わらず。有尾目の世界でもこんなのがいるんですな(-。-;)
http://www.bidders.co.jp/item/64580293

「尚生体の為ノークレーム、ノーリターンでお願い致します」ですか。ビッダーズでよく見るフレーズなんだけど、流行ってるの? それとも悪者だけに通じる暗号? オカヤドカリと同じ業者?
まさかキール水とかゲージとか言い出さんだろうな(^_^;)
とか、揣摩憶測でものを言ってはいけませんでしたな。また「気持ちは解るけどやり方には賛成できません」って怒られてしまう(T*T)
そこら辺の生き物を採って安易にオークションに出す輩なんて、みんな同程度に知能もメンタリティも最低だと事実のみを述べなければいけませんでしたね。
ところで“やり方”って何だ(?_?)

ちなみに、私は生き物を飼うことに一切反対していません。それどころか捕まえることも売ることも買うことも、オークションでさえ反対したことはありません。あまつさえ「違法なものは全て罰せよ!」などという言動をとったこともなく、むしろ場合によっては“違法=法が理不尽なんじゃないか?”という立場でいます。
飼育についても、飼育者が色々と試行して、自分なりの飼育方法を確立していくのが大事だと思っていますから、参考になりそうな情報を無作為に提供することはあっても、「その飼い方ではダメだ」とか「こうやって飼え」とか「死なすな。バカモン」とか言わないんですけどね。
ただし、生き物を飼育するというのは、自分だけが楽しむべきものではないと思っています。
私は、小さいころから色々な生き物を捕まえたり、買ったり、飼育して楽しみました。自分が楽しかったことは、他の人たちや、将来そうなる(かもしれない)子供たちにも楽しんで欲しいじゃないですか。
この“自然の恩恵”による趣味を守りたいじゃないですか。
目先の(ごく個人的かつ短絡的な)利益にとらわれ、サンショウウオの卵嚢を大量に採って「餌としてもどうぞ」などと売るのは、いかがなものか。

多くの飼育者が“自然の恩恵”に感謝し、次世代にも“自然の恩恵”を残そうと配慮し、慎みをもって生き物を飼育しているのです。“自然の恩恵”は貪るものではないのですよ。
貪った者は終わりが良くない等と格言を述べるつもりではありません(個人的には、自然を理解できない様な迂闊なヤツは、マムシに噛まれて懲りろ!と思わなくもないが)。
貴様が貪っているのは絶滅が危惧されている生き物だということが解ってるのかと。しかも、ただでさえ環境省他の“規制のための恰好の参考資料”になってるビッダーズで、貴様が何をやっているのか解ってるのかと。
飼育者や将来の飼育者だけではなく、売りたい・買いたい連中にまで迷惑かけてるんだぞと。
それが証拠に、悪辣業者に異を唱えている飼育者に対して「人それぞれ」とか「目くそ鼻くそ」とか「所詮は人間のエゴ」とか「自分は良いけど他人はダメというのが解らない」と、意味も目的も対象も不明の反感をぶつけてくる雲の上の正義感たちが、貴様ら悪者には何も言わんだろ?
悪者を野放しにして「生き物の飼育なんて全て規制されてしまえ!」とほくそ笑んでいることが、解らんか?
posted by 水族館長 at 12:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の独白(嘆き) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月23日

ところが、これが現実だ(T*T)

ランドスケープ・イマージョンとか、エンリッチメントとか、言葉の意味はわからんがとにかくすごい外来語だ!って、あのね(^_^;)
ランドスケープ・イマージョンというのは、「生態系展示」と和訳されてる様ですな。
エンリッチメントってのは、「飼育されている動物も楽しんでいる」という風に理解したら良いのか。
甲殻類や両生類の展示を目論んでいるDeca-J水族館に、例えばこの二つの流行を取り入れてみると…。
えっと、甲殻類や両生類の生態系を再現してしまうと顧客には何も発見できませんね。
えっと、甲殻類や両生類って、楽しんでるのかどうか判り辛いですね。表情がないから。

それ以前に…。
私はヤドカリを飼っていますが、他人にその話をすると「ああ、あのスルメで釣るやつ? ウチの近所の池にもいるよ」と言われます。
あのぅ、それはザリガニなんですけど(T*T)
この状態で、「ヤドカリには海に棲むのと陸に棲むのがいてね」なんて話をしても、「オカヤドカリにも色々種類がいて、飼い方も種類によって微妙に違うんですよ」なんて話をしても、「そもそも“珍しい”オカヤドカリを合法的に採取することはできないはず」なんて話をしても…。
通じない(~_~;)
私はイモリを飼っていますが、他人にその話をすると「ああ、可愛いよね。ウチの塀にも時々チョロチョロ登ってるよ」と言われます。
あのぉ、それはヤモリなんですけど(T*T)
この状態で、「サンショウウオというのもいてね」なんて話をしても、「サンショウウオは日本には18種類いてね」なんて話をしても、「ああ、あのでっかいトカゲみたいなの?」って、あなた、それはオオサンショウウオだろ(`O´)っての。
そんなの18種類も見分けがつくかよぅ(j_j)
これが現実…。

それでも私は、ランドスケープ・イマージョンとか、エンリッチメントとか、言葉としての意味には全く価値を見出せないが、Deca-J水族館の方針としてこの二つの心を入れたい。
運が良ければ、生き物を観察することが出来ます。運が悪くても、これらの生き物がどういう風に生きているかは感じられるはずです。
フィールドでも、甲殻類や両生類は必死で探さないと見付からないし、注意深く近寄らないとすぐに逃げてしまうし、それを街中の水族館で実体験できるのです。
そもそも、磯や里山といった環境は、日本人の原風景です。それだけで和みます。癒されます。日本人なら。そして、そこに秘かに息づく生き物たちを、運が良ければ観察できるのです。
少なくとも、ヤドカリとザリガニの違いや、イモリとヤモリの違いは解るでしょう(^_^;)

(店頭で)裸のケージに晒されている生き物を見て、「可愛い!癒されるぅ!」とか言ってる時代は終わりにしましょう。
人が無関心でいる間にどんどん減っている生き物です。「自然の生き物を捕まえるんなら、所詮は人間のエゴだ」などと人格の高みに居すくまってる場合ではないですよ。
まずは、生き物と生き物の暮す生態系・環境に興味を持ってください。興味を持ったら一緒にフィールドに出ましょう。我々と、そして生き物と一緒に、ドロンコになって現実を見ましょう。
これが私の思うランドスケープ・イマージョン。そしてエンリッチメントです。
posted by 水族館長 at 12:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 気を取り直して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月22日

我国家百年の計のために!

私は数年前までサンショウウオ他、有尾目の惨状を知りませんでした。
薄々は感じていましたが、痛感したのは一昨年。昔はイモリがウジャウジャいた湖に行ってみたら、佃煮の様にブルーギルがいて、マス釣り場まで出来ていて、イモリは片隅の湿地に細々と命脈を繋いでいる始末。
「なんだ?これは!」と、愕然としました。
そんなに細々と生き延びてるイモリを捕まえて飼ってるというのも、矛盾といえば矛盾ですが(^_^;)
でも、その経験がなければ、自分の問題とは考えなかったでしょう。
「有尾目は他に保護している人がいるから」と、他人事の様に考えていたと思います。
多分、世の中の多くの人は、私と同じような感覚でしょうから、つまり、「なんとなく解ってるけど自分には無関係」でしょうから、関係者(?)が「何で解らないんだろう?」と必死に訴えかけても、理解してもらえないと思います。
だから、まずは興味をもってもらうこと。これが大事だと思います。

ところが、興味を持ってもらおうと飼育情報などを公開すると、保護している側の人からは「乱獲を誘発している」様に思われるし、と言って「安易な飼育はやめましょう」なんてことを言うと、必ず「自分は良いけど他人はダメ?」なんて中傷が来るし、難しいですね。
ブームになってしまうと、飼育者に良かれと思って出した飼育情報を勝手に業者が盗んでいって、しかも都合よく捩じ曲げられてしまったりもしますし。
そういうことを散々経験してくると、色々な飼育者同士で情報交換しながら、飼育者全体の意識を高めていく。善良な飼育者の輪を広げていくことが、回り道の様に見えて、一番早くて確実という気がします。
もちろん、これについても批判があることはあります。「お前だけが上等な人間のつもりか!?」とかね(^_^;)
ま、私は上等な人間であるつもりはないですが「キサマよりゃ上等だ!」と、一度大声で叫んでみたい気もします。もしくは最初っから「この手の連中は放置プレー(=人それぞれ?)」と聖人君子面していたい…。

要するに、私は君子ではないな。我から“危うきに近寄って”ぼやいてる小人ですな。閑居してると不善をなす恐れがあるので、さっさと(本物の)水族館長に据えて働かせないと、我国のためになりませぬぞ。
posted by 水族館長 at 16:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の独白(嘆き) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月15日

愛護でも環境保護でもなくナチュラリストだ!

十脚目通信と言いながら、「有尾目部会とは何ぞや!」と、鼻白んでいる方も多いでしょうね。
あるいは、私が甲殻類や両生類が好きだというので、「自分の好きな生き物だけを護ろうという偏愛主義者め!」と、正義の怒りを覚えている方もおられるでしょう。
別に私は、博愛を説くつもりもないし、生類憐みの令を尊奉する気もないし、と言って「蛆虫好きの方はどうぞ蛆虫だけを護ってください」というスタンスでもないので、白けられようが、怒られようが、反論する気にもならないのですが、一つ考えて欲しいことがあります。

woods.jpgオカヤドカリやアカテガニ等の陸棲の甲殻類と、カスミサンショウウオ等の陸棲の両生類には、それらを取り巻く状況に多くの共通点があります。
最も判りやすい共通点は、棲息環境と繁殖環境が違うということ。そして寿命がある程度長いということ。つまり「たくさんいるから良いじゃん」という生き物ではないということです。
例えばアカテガニは、海辺や河口域の森の中等に棲みますが、産卵は海まで降りて行います。海で産まれたアカテガニの子供は、海で育ち、やがて上陸し、森に帰ります。
森の中にアカテガニが“たくさん”いるから、この森がある限りこの地域のアカテガニの絶滅は食い止められますか? そうは行かないですね。森と海との間に大きな道路ができてしまったら、あるいは川がコンクリートで護岸工事されてしまったら、また海が汚れてしまったら、森の中にアカテガニが“たくさん”いたとしても、既にして絶滅です。
ponds.jpg例えばカスミサンショウウオは、ジメジメした雑木林等に棲みますが、産卵は池や沼、水路等の止水中で行います。池の中で産まれたカスミサンショウウオの子供は、水中で育ち、やがて上陸します。
雑木林の中にカスミサンショウウオが“たくさん”いるから雑木林さえ保全すれば大丈夫? そうは行きません。池や沼がなくなったり護岸されてしまったら、池や沼にブルーギル等の外来魚が放されてしまったら…。
生き物を生態系の一部と考えるのに、これほどの好材料はありません。解りやすいでしょう?(そうでもない?)
その最適な材料として、あるいは両者とも喫緊の課題でもあるため、十脚目をテーマにして発足し、今また有尾目分科会を立ち上げた、というのが現状です。

ところで、私が言いたいのは、プラカードを持って「全ての人間の営みを否定せよ」ということでは、ありません(^_^;)
アカテガニやカスミサンショウウオは、ほんの数十年前には“そこら辺に普通にいる生き物”だったのです。今でも“いるところには普通にいる生き物”です。ところが数年後には“この間まではいたのに今はいない生き物”になる可能性が非常に高いのです。
恐らく、多くの方がその事実にも気付くこともなく、知らない間にいなくなっている生き物なのです。甲殻類や両生類の中には、実際に誰にも知られずひっそりといなくなった種類も、既にたくさんあるはずなのです。
だから私は、多くの方に身近な生き物に対して興味をもって欲しいのです。甲殻類や両生類だけではなく、それを取り巻くたくさんの生き物に。生態系を構成する全ての動植物に。
そのために、環境に対する節度さえ守れるのなら(何でも安易に、あるいは大量に捕まえて持って帰らなければ)“捕まえて飼ってみる”という選択肢があって良いと思っています。「簡単に飼える」という甘言を鵜呑みにさえしなければ(比較的簡単に飼える生き物はいても、簡単に飼える生き物はいないと解っているなら)ペットショップ等で“購入する”ことも否定しません。
もちろん、(表面的な自然観察だけで)独善に陥るのを避けられらるのなら、野生の生き物は自然の中だけで(一切触れずに)観察するのが一番良いのでしょう。
どんな切っ掛けでも、どんな方法でも、どんな生き物からでも良いのです。とにかく身近な生き物に興味を持って欲しいのです。多くの方が、身近に生き物がいて、どの様に生きているのかを知っていさえすれば、無駄な環境破壊を避けられるはずなのです。

「生き物を保護する」と言うと、どうしても“自分の興味のある生き物や好きな生き物だけを偏愛”しているイメージが付き纏います。残念ながら、世の中にはそういう個人や団体もあるでしょう。
ですが、多くの場合はそうではないのです。
十脚目や有尾目に興味のある個人・団体が、天敵だからといって棲息地周囲の鳥を根絶させたりはしませんし、鳥を保護している個人・団体を中傷したりもしません。
もっと具体的な例で言えば、モリアオガエルの保護団体が天敵だからといって周囲のニホンイモリを駆除したり、私の様にイモリ好きの人間を攻撃したりもしません。
生態系というものを考えたとき、特定の生き物だけを過保護し、増殖させることは、その生き物にとっても危険な環境破壊であることは誰でも知っているからです。

あるいは「環境保護」を謳うと、人間の“経済活動全てを否定”するストイックな左傾化テロリズムを連想します。残念ながらそういう過激な個人や団体も、中にはあるかもしれません。
ですが、多くの人が反対しているのは、無意味な環境破壊だけです。多くの団体が望んでいるのは、工事や開発の中止ではなく環境への配慮です。決して無理なことを言ったりはしません。

その上で、当団体十脚目通信は、生き物の保護や環境保護をさえ、積極的に謳ってはいません。
多くの生き物好きたちが、生き物に興味を持つことで環境に配慮する心を育て、そのことが将来の環境保護に繋がっていくと考えているのです。
繰り返すようですが、ナチュラリストとはそういうことだと思っています。
posted by 水族館長 at 17:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 今日の独白(嘆き) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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